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赤く発光しているチップを持った指のクローズアップです。
茶畑の向こうに富士山が見えます。
農業
  1. 戦後日本の農地改革
  2. 日本の農地改革が成功した理由
  3. 水稲農業
  4. 田植え
  5. 初期の機械化農業
  6. 農地の再編成
  7. 野菜果物栽培の革新
  8. 米の配給と補助金制度
  9. 日本の農業人口の減少
  10. 農家の規模と後継者問題
  11. 日本の農業の担い手 
  12. 三ちゃん農業
  13. 日本人の食生活の変化
  14. 日本の酪農
  15. 日本人はどのような乳製品を食べるのでしょうか
  16. 日本の肉牛
  17. 農家の収入の変化
  18. 日本の養蚕
  19. 日本における食糧の自給
  20. 日本における米の自給
  21. 日本における有機農業
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機械が束にして積み込んだ稲の苗を1本ずつ植えています。
小型田植え機の導入によって、日本の農作業はより効率的になった。
写真提供:Nakasendo Highway: A Journey to the Heart of Japan
初期の機械化農業
1960年代に、動力芝刈り機ほどの大きさの、ガソリンを燃料とする小型田植え機が発明されました。機械は、高さがわずか8~10cm(3~4インチ)ほどの苗を移植できたため、田植えの時期は早まり、稲の成長も速くなりました。収穫期に稲穂から穀粒を刈り取るための脱穀機も、小さなガソリン・エンジンによって動力化されました。 これらの機械は一人で簡単に動かすことが出来るよう、また、小さな田んぼに適するように小さく設計されていました。同じような小型機械が導入され、野菜その他の農作物のための畑を耕すことが出来るようになり、以前は手作業または牛を使って行っていた作業に取って代わりました。初期の段階では、こうした機械は農家の人たちが共同で使用するために、村で1~2台の単位で購入していました。その後、より経済的に豊かになると、それぞれの農家が自分の機械を購入するようになり、仲間に頼る必要がしだいになくなりました。例えば、1970年に所有台数が2万9千台だった動力田植機は、80年には174万台にまで増加しています。1950年以降、農地の生産性がどのように向上したかを見るには、下の「図表」をクリックして下さい。
言葉の説明:  農家  |  田植え

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